宝 剣 岳 ( 長野 ) 2,931m( 33座目 )

   平成 8年 10月 16日( 晴 )

         ~頂上へ2度登頂の珍記録~









宝剣岳登頂を終えて、気分よく乗越浄土へ下りる寸前、
異変に気が付いた。顔に手をやると、掛けていたはずの
メガネがない。服のポケットをバタバタ探ったが見つからない。
「メガネがない!」叫ぶと、山の神が怪訝な顔をした。
今年から近眼のメガネをかけるようになった。車の運転以外、
かけなくても不自由ないが「慣れたほうがいい」と思い、
登山中もかけて歩いていた・・・はずだった。
「ええ〜〜〜、どこで落としてしまったんだろう」
浮かれていた気分が一転!血の気がひいた。
眼鏡屋の言いなりで、〇万円も払って高いメガネを買ったのに・・・

登山2年目に入り、、初めて中央アルプスが望める千畳敷へ
やってきた。今日はアルペン気分で、乗越浄土まで上るだけの
つもりだった。満員のゴンドラから開放され、初めて見る壮大な
アルプス稜線に向かい、ワクワクしながら岩場の登山道を上る。
だが、軽装のまま上ってくる女性たちも、ちらほら目にする。
足元を見るとヒール靴だ。神社の石階段を上るくらいの軽い気分
なのだろう。歩き難い斜面で、転んで大けがでもしたら、と
他人事でも気になるが、雄大な自然が、観光客の気持ちをも
高ぶらせてしまうのかもしれない。

乗越浄土は、周囲の山並みを一望できるビューポイントだ。
そのパノラマ展望の中に、ひときわ目立つ天を突くように
そびえ、山名にも恥じぬ岩塊が目と鼻の先にある宝剣岳だ。
頂上に登山者の姿がある。案内板を見ると山頂まで3〜40分、、
ここで休憩モードの心にぽっと火がついた。
「思ってたより近いし、時間も早いので上ってみようか」
「でも見るからに険しそうじゃない?」と山の神は弱気・・・
「危ないと思ったら引き返せばいいから」
昨日、八方池に上り、北ア白馬の景観を堪能したばかりで
今日また中央アルプスの一峰に挑めるなんて、夢のような
気分だ。  「じゃ、気を引き締めていこう!」

       

宝剣山荘から左手方向が宝剣岳だ。
踏み入れるルートは乗越浄土までとは違って、急峻な岩場が
続き、やや不安もあったが、山頂直下の蟹の横這いで渡る
鎖場に出た。切れ落ちた崖を前に緊張する山の神だったが、
先に渡り「下を見ないで。鎖から手を離すな!」と声をかけ
2人とも無事鎖場を渡れた。頂上まであと一息だ・・・
ところが、あとから鎖場を渡りかけていた女性グループの1人が
「いやぁ〜私、こんな怖いとこ絶対渡れない」
悲痛な声をあげ岩にしがみつき立ち竦んでしまった。
気の毒に思うが、気弱な女性や初心者は最大の難所だ。

鎖場を過ぎ、岩場を乗り越え、1時間前には登頂する気も
なかった山頂に立てた。
岩塊の頂点には、宝剣岳のシンボルのような巨岩が鎮座する。
角錐形で岩のてっぺんは極狭なので、どう見ても立ち辛く、
誰も上がろうとしなかったが、1人の若い女性が果敢に挑み、
見事に立ち上がって万歳ポーズをとり見上げる登山者から、
いっせいに拍手を浴びた。
「いいなあ、あそこに立てれば達成感100%だよなぁ」
彼女が下りたあと、岩に手を触れ上る気十分でいたら、
「やめて、やめて、。怪我したらどーするの!」
山の神のかん高い声が響いた。

     

頂上は展望が良く、高度感抜群だが、岩が積み重なり
狭くて足場も悪く、立っているのさえ容易ではない。
ところが、東側の断崖を覗くと、岩の隙間の下がった所に
窪地状の場所があった。ここなら他の登山者の邪魔にも
ならず休憩できそうだ。
視界も良好、腰を下ろしポットの暖かい紅茶を飲みながら、
「宝剣岳で、今お茶してるの日本中で俺らだけや・・・(^^♪」
千畳敷カールを見下ろしながら、しばし登頂の感慨にひたった。
すっかりリラックスモード、、、
あっ! 
この時だ。紅茶の湯気で曇るメガネを外し脇に

    置いたのをすっかり忘れ下りてきてしまった(*_*;

「メガネを探しに山頂まで戻る」
「えーー」と立ちすくしている山の神にザックを置き急いで
下りてきたばかりの斜面をまた上り返した。
置いた場所はわかっているが、登山者も行き来している。
「踏まれたり、拾われない前に見つけなくちゃ・・・」
焦って駆け出したが、高度2,900mでこんな行動をとった
ツケがすぐまわってきた。
いくらも上らないうち、心臓がパクパクし、額からはあぶら汗が
流れ動けなくなり、しゃがみ込んでしまった。
しばらくじっとしていたら治まったので、気を取りなおし
岩場までなんとか上ってきた。急ぎ足で鎖場まで上ってくると、
今度は上り下りの順番待ちになり足止めされてしまった。
すんなりと頂上へは着けず、はやる気持ちを抑えていたが
「メガネは見つかるだろうか・・・」で頭の中はいっぱいだ。





何分待たされたか・・・やっと鎖場を抜け2度目の山頂に着いた。
わき目も振らず、さっきお茶した岩場に行き窪地を覗きこむと、
「ない!」メガネがないのだ。誰かに拾われてしまった?
ひょっとして登山者の誰かが持っているかも知れないのに、
パニッくって衝動的に岩の隙間から休憩した所へ下りかけた。
そして両足を着地した瞬間、片方の靴底から「グシャリ」と鈍い音が・・・
驚いて足を上げると、なかったはずのメガネが落ちていた。
「ワクナシ」メガネなので地面の色に紛れ「ない!」と早とちりし、
あげく自分で踏んづけてしまった。幸運にもレンズは割れなかったが
フレームは歪んでしまった。あってほっとしたが、あまりの不甲斐なさに
情けなくなった。乗越浄土へ戻ると、山の神からとどめの一言、、、
「忘れものして1日に2度も登頂する人なんて誰もおらんよ」
「 … 」(-_-;)

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