硫 黄 岳 ( 長野 ) 2,765m(
121座目 )
平成 12年 7月 15日( 日 )風雨
~硫黄岳は風速20m?~
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〇月〇日の夕方・・・
「今年の夏山は八ヶ岳の硫黄岳だからね」と山の神が言う。
「えっ??八ヶ岳って日帰りできないよな」
「うん、山小屋に泊まらなきゃ登れないんだよ」
「山小屋泊まりしなくていい登山に計画変えてよ」
「だって、もう夏沢鉱泉を予約しちゃったもん!」
「なんだ勝手に決めちゃって。山小屋泊まりは嫌じゃ!」
夏山シーズンに「混雑する山小屋泊は絶対しない」
と決めていたのに、山の神に謀られその時が来てしまった。
ガイドの写真を見ると夏沢鉱泉は古そうな木造建だった。
たたみ1畳に何人も押し込められ眠れるわけがない。
「ああ嫌だ、嫌だ~ぁ」
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そして登山当日、不安が的中する光景が目に飛び込んだ。
高速を降り茅野市街を抜け桜平林道入口付近でジャージ姿の
中学生軍団が林道を塞がんばかりに群がっていた。ザックを
背負ってるので登山に違いない。この連中と同じ山小屋泊り
なら…考えただけでゾッとする。
しかもアクセス林道はオフロード並みの悪路で、運転に神経をすり
減らし桜平に着くと、またもや中学生軍団と遭遇、、、
その頭数を見たただけで、もう引き返したくなった。(-"-)
なんて運の悪い日に来てしまったんだろう、と。ところが、
車から降り登山仕度している間、彼らは何台かの車に分乗し
あっという間に姿を消してしまった。
どうやら下山中の車移動で順番待ちしていたのだ。
「はぁ一難去ったか」
だが、夏山の山小屋は満員に決まっている。重い足取りで
林道を歩いていくと土手の上に建物が目に入ってきた。
「えっ?」写真で見てたのとは違うなぁ…。
狐につままれた感じで入口に近づくと、そこは間違いなく
予約した夏沢鉱泉だった。
館内に入ると窓から陽ざしが入り明るい雰囲気で、山小屋は
「暗い・・狭い・・」というイメージが吹っ飛んだ。
しかも外壁や屋根に設置したソーラーパネルによる発電でお風呂や
水洗トイレが使用でき、山小屋は自然と環境に配慮した最新
設備に建て替わっていたのだ。ず~っと沈んでいた気持ちも
いくぶん和らいだが一番気がかりなことが口から出た。
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「いつも宿泊予約でいっぱいなんでしょうね」スタッフさんに
聞いてみると「いえ、今日のお客さんは一組だけです」
一瞬、耳を疑ったが、もっと上の山小屋を利用する登山者が
多く夏山シーズンもあまり混まないそうだ。
そんな山小屋事情もあり今日は貸切り。しかも案内で階段を
上がると布団がズラリと並べて敷いてある広間とばっかり思い
込んでいた2階は、、ナント!全部屋個室なのだ。
初めての山小屋泊が民宿並みにくつろげるなんて夢のようだ。
その夜はゆったり湯に浸かり、温かいもてなしの夕食後も独り
でテレビ野球中継をゆっくり観られ気分上々♪気兼ねなし。
こんな快適な山小屋をよくぞ予約してくれました、と山の神に
感謝、感謝、、、勝手なもんだ(笑)
だが、翌朝天気は一変!小屋周辺の山々はガスに包まれていた。
予報では今日一日こんな状況らしく、小屋泊が満点でも肝心の
登山がこれじゃ展望どころかガスで迷わないか不安さえよぎる。
気の毒に思ってくれたのかスタッフのお兄さんが・・・
「晴れてると20mくらい強風が吹く日もありますが
今日はその心配はないと思いますよ」と送り出してくれた。
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下山するカップルと |
目指すは硫黄岳だが気分は湿りがち、、、重い足取りで上り
始める。オーレン小屋に着いた。大きな山小屋だ。
昨日見た中学生はここに泊まったんだろうか、、、
と思いながら赤岩ノ頭方面に向かう。高度が上がるほどガスは
濃くなりお天気の回復は望めそうもない。それどころか美濃戸
と合流する稜線のガレ場に出ると雨も降り出し慌てて雨合羽を
着込む。すると上の方から若いカップルが下りてきた。
早朝、美濃戸を出て赤岳へ登頂予定だったが
「視界が悪く危ないので途中から引き返してきました」
とすごすごと下っていった。
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風雨の硫黄岳
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こんな悪天候では引き返した方が無難だが踏ん切りがつかず
高山植物が咲く岩場の稜線を我慢して上る。だが・・・
たどり着いた山頂は天地の境も判らないほど白濁色の濃いガスに
覆われていた。「何処かに避難しなくちゃ!」
「近くに山小屋があるはず、そこまで頑張って行こう」
半べそ顔の山の神をうながし薄っすら先に見えるケルンに向かう。
ケルンに着くとその先に薄っすらケルンが見える。
こんな濃いガスの中でもその先のケルンが目視出来るよう絶妙な
間隔で立っているのには感心した。
おかげで迷う事なく岩場の坂道を下り硫黄岳山荘までたどり
着いた。逃げ込むように小屋内に入ると、この山荘は夏沢鉱泉
と同じオーナーの経営で温かいお茶で迎えてもらえた。
ひととき緊張もほぐれ天候の回復を祈る。
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硫黄岳山荘
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しかし、いくら待ってもガスが晴れる気配すらない。
これ以上天候が崩れてたら身動きできなくなってしまう。
「ぐずぐずできない、もう下山しよう」
意を決し小屋を出たが風雨は強まるばかり稜線は闇の世界だ。
不安を抱えながら硫黄岳に戻るためケルンを目指すが横殴りの
雨がバシャー、バシャーと絶え間なく顔面を突き刺し痛くて
目も開けられない。あまりの衝撃に心も折れそうになるが
弱音を吐いていられない。黙ってついて来ている山の神を
励まそうと振り返ると、、、
「いない!?」姿がないのだ。
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血の気が引いた・・・いきなり逸れてえらいこっちゃ!
慌てて戻ると数メートル先で赤い雨合羽がしゃがみこんで
いる。「えっ?暴風に打たれ動けなくなったんかな」
ところが、よーく見ると山の神は砂礫地に群生する
コマクサをじっと見入っている。「早く下山せねば」焦って
いるのに草花に出合うと周りが見えなくなる相方の性分
には困ったもんだ。必死で硫黄岳に戻ったものの依然
濃いガスに包まれていた。
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風速20m・・・? |
初めての八ヶ岳登山でこんなひどい目に遭うなんて・・・
口惜しくて、、悔しくて、、身体がぶるぶる震え、、
「待ってろよ、必ずまた硫黄岳に戻って来るからなー!」
衝動的に声を荒げ叫んでいた。(ドラマの台詞みたいやな…)
だが、そんな感傷も束の間、直後に最大の危機が迫って
いた。
夏沢峠方面に下りかけると、そこは夏沢鉱泉のお兄さんが
口にしていた20mクラスの強風地帯と化し風下には爆裂口が
迫っていた。烈風に煽られ身体が浮いたら崖下に滑落だ。
小柄な山の神は恐怖におびえしゃがこんでしまった。
ここで吹き飛ばされたら助けようがない。手を掴み腰を
落とし雨にも耐え歯を食いしばって懸命に尾根を下る。
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転落の危機に晒されながらガレ場を下り続けどれくらい
経ったのか・・・ハイ松帯辺りまで下りてくると身体に
感じる風がだんだん弱まってきた。「ふぅ~}
どうやら最悪の事態からは脱したようだ。周りを見ると
そこはシャクナゲの群落帯だった。小刻みに揺らぐ花弁が
「無事でなにより」と迎えてくれているようでジーンと胸が
熱くなり目が潤んだ。「遭難しなくてよかった~」
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夏沢鉱泉まで戻ると小屋前のベンチにへたりこんだ。
ずぶ濡れのまましばらく放心状態、、、そんな時だった。
「中でお茶しませんか?」
声に振り返ると昨夜からお世話になった女性スタッフだった。
二人のうなだれた姿を見かねたのだろう。無事下山できた
ご褒美のような一言に胸のつかえがすーっと引いた。
お招きに甘えて食堂に入ると、風雨の真っ只中にいたのが
ウソだったんじゃない?と、思わせるような穏やかさで
山小屋の有難さが身に染みた。そしてテーブルに置かれた
のは、なんと温かいコーヒーとショートケーキなのだ。
「えっ?!」
一瞬戸惑ったが彼女の優しい気配りなんだと思う。
テーブルを囲みしばし三人で今日の山談義・・・
天候に恵まれなかったが風雨の中、健気に花を咲かせる
コマクサの話題になった時、穏やかだった彼女の顔が曇った。
「盗掘を目当てに登ってくる人達がいるのよ。パトロールも
してるんだけど、監視の目の届かない場所にテントを張って
夜に行動しごっそり盗んでいくみたいで悪質なんです」
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山に関わる人達は、登山道整備や自然保護に努めているが
一握りの心無いやからが山を荒らしてしまう |